砂流の日記帳

何となく…

今年になって…

グリーフは、間もなく半年になる今でも続いていますが、最近、悲しみがすーっと薄まり、妻に対する感謝とともに何か違う気持ちが沸き上がりつつあります。

 

これまで、妻が生きていればあんなこと、こんなこと、もっと妻が喜ぶことをしてやりたかったという後悔ばかり先立ち、気持ちが前向きになれなかったのですが、ふと、妻が私の人生の後押しをしてくれているような気持ちが、ほんの少しだけ沸いてきています。

 

妻の最期のときに寄り添えていなかったという自責の念はもちろん今でもあるのですが、「もういいよ」って勝手に自分の中で妻が言ってくれているような、そんな不思議な感情。

 

人は誰もがいつかは死ぬ。それを妻には認められなかったのが、二度と同じ時は戻らない、幼かった頃の私の家族・友達と過ごした時代、思春期に仲間とともにバカをやっていた時代、妻と知り合う前の時代も、また二度と戻らない、それがまず妻の死で忘れてたんじゃないかな?

 

かと言って妻を思う気持ちは今もこれからも変わらない。それも大切だけれど、これから自分の最期までの時もまた一度きり。そんな割り切った考えもできるようになったのは進歩かな?

 

たぶん、妻が私より生き残っていたとしても、夫婦の間で許す、許さないなんてことは私は妻に対して思うことはなかっただろう。それと同じように妻が私を許す、許さないなんてこともない、そう自分勝手に思う。

 

もう少し、妻のいない時代を生きてみよう。